大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P36

 ビーナスの影は闘志よ鳥帰る


 美大生のとき、上野の西洋美術館でヴィーナスを観たことがある。ライトに照らしだされたヴィーナス像は、凛々しく気品があった。艶麗さとたくましさを兼ね備えた女神。その影に目をやると古代の剣士のようだった。最終日だったので、ヴィーナスがルーヴルへ返されるのが残念でならなかった。その淋しさは、日本で越冬した渡り鳥が、春になって北へ去っていく淋しさに似ていた。 (『山の夢』)