ネクタイ 10-1

 砂糖部長が綿貫君をつかまえて、なにか文句をいっていた。棚卸しの日のことである。
「なんで、こんな数字書くんだよ」
 口元がへの字になって、目をギョロつかせて、いかにも意地悪そうな顔になっている。
「こんな数字って、ぼくはいつもこう書いています」
 綿貫君は、育ちがいいから、こんな状況に陥ってもオドオドしない。それで、よけい部長が意地悪くなる。
「こんな数字じゃ、読みづらくって、集計のとき困るんだよ」
 そっとのぞいてみて、ははん、とおもった。
 綿貫君は、輸入品が大好きである。というよりも、イタリーやフランスや、イギリス製品に心酔している。心酔するあまり、当時舶来品に付いていたタグの、手書きの数字を真似したのだろう。
 製品に紙のタグがついているが、多くの舶来品は品番がタイプされておらず、ボールペンで書き込まれてあった。その数字は、見たことのある人なら、すぐそれとわかる種類の独特なものだ。
 たとえば、「1」は、左斜め下方から右上に線を引いて、頂点で止めたらやや左下に線を引っ張る。「7」は、ふつう「ワ」のような形に書くが、「フ」を書いて、斜めの線の真ん中にチョンと点を入れる。「8」は団子のような丸を2つ重ね、「9」に至っては、円の部分を(反時計回りに描いてひとまわりしたところで下に線をおろすべきが)時計回りに丸を描いていってそのまま下におろしてしまう書き方をするのである。
 綿貫君は、砂糖部長に文句をいわれたとき、ネクタイの棚卸しをやっていた。しかも、もうじき終るところだった。
「そんな数字の書き方は、日本の学校じゃ教えてないだろ。もう1度、全部書き直せ、バカヤロ」
 ネクタイは、常時300本くらいある。ネクタイが並ぶガラスケースの下の引き出しに、ほかに在庫が100本ほど入っている場合もある。このときは、その目一杯在庫のあるときだった。
「ああ、ぼく、なんだかいやになっちゃったなあ」
 綿貫君が、ポツンともらした。
「ぼくは、ずっとこの数字で書いてきたから、いまから直せっていわれても、できませんよ」
 そういって、ドサリと棚卸し用紙を放り出した。分厚い紙の束がケースの上に散らばった。
(つづく)