銀座百点 号外43

 きのうのつづき。大木あまり選飛行船句の残り。


    暦だけの秋を彩る木槿かな
    八月尽今宵も酒場放浪記
    炎天をワシコフ黙して往きにけり
    生活といふ劇場や秋出水
    鹿鳴けば思ひ出よぎる奈良ホテル
    みちのくの早瀬にかかる紅葉かな
    なんとなく遠まはりする良夜かな
    草泊星降る夜の物語
    こもごもに飲み下す酒年忘
    銀座にて三日坊主の日記買ふ
    新しき足袋はこはぜも輝けり
    しぐるるや相州鎌倉鳩サブレ
    魚河岸に豆飛びかひて春は来ぬ
    麗らかや午後には閉める河岸の店
    曇天の河岸を走るや桜鯛
    夜桜を寄り添ひて見る橋の上
    魚くさき河岸をかすめてつばくらめ
    しあわせはこんなかたちか桜餅
    龍天に昇りし午後の俄雨
    雨にけぶる築地場外夏に入る
    寺町にはうじ茶かほる立夏かな
    時の日や五分おくれる腕時計
    武蔵野に紫匂ふ夏は来ぬ
    歯刷子と同行二人合歓の旅
    夏の庭アリスアイリスアマリリス
    炎天に下駄洗ふ母ちひさけれ
    いつまでも寒おす京の梅雨穴
    半夏生いのちを椅子に置きかへる
    子のプール赤いトマトが浮いてゐる
    河童忌の昼寝もできぬ暑さかな
    なんとなく胸の振り子が鳴る九月
    僧酔ひて推そか敲こか月下の門
    真夜中の月を見てゐる二人かな
    風雅とて俗のきはみの月に雁
    芋虫のときに頭を上げにけり
    秋風の胸吹き抜ける夕まぐれ
    手袋のかたつぽ残し去りし人
    手袋のかたつぽのみが昏れてゆく
    白鳥の歌に誘はれ眠る妻