綴じ込みページ 猫-144

 第四章「雪の山 一九七八年ー一九七九年」(大木あまり句集「山の夢」所収)。


    霰打つ男女の世より逃るべし
    貧乏揺すり日向一つの寒雀
    鴨は雫雑木に移す涅槃かな
    沼底の濁りは知らず恋雀
    阿呆一生雪山を見て杉を見て
    父の骨土に根づくか春の雪
    海と化すには鋭くて松の芯 
    黒人霊歌蜆の水の澄みにけり
    昼月ももろき明るさ山葵沢
    豚声の水に揃ふと地虫出ず
    沼の闇身の闇触れてこぶし散る
    わが骨にあはす一歩の雪解川 
    海の上なんにも置かず犀星忌
    惑ひゐて円空仏に桜かな
    山冷を飛んでつばめの濡れにけり
    父遺す啄木眼鏡かすみ草
    麦踏みの富士のぼりきる長さとも
    虻藤に入りてひがしものしもなし
    憂曇華の家より父母の流離かな
    うつ伏して浮巣ごこちや大南風
    山中の忌日に合はせ朴咲けり
    臆病の昂じて桐の花盛り
    水無月の賽の河原の迷子札
    父の日の海より滝の音生まる
    水打つと風の逃げゆく閻魔堂
    鎌倉や水打つて即弓の道
    汐木道紺をゆるめて盆の海
    実朝の海を南に白木槿
    かき氷匙音立てて甘つたれ
    又三郎ほおいと呼べば朴散華
    山逃ぐるほど歩きたり曼珠沙華
    夕鵙と命を五分に水を打つ
    地獄絵に連なるあかの曼珠沙華
    雁渡し待つ鶏の眼の水つぽし
    腰高虎動きのとれぬ十三夜
    秋風の地に触るるとき女たり


(つづく)