大木あまり「シリーズ自句自解1 ベスト100」P112

 のうぜんや牛の睫に藁ぼこり


 ある日、近くの教会の鐘の音とともに牛の鳴き声が聞こえてきた。気になって牛の声のする方へ歩いて行くと農家に一頭の牛が飼われていた。雌牛の名は夢子。鼻面を撫でると、まつ毛に藁のほこりをつけた彼女は、御返しに私の手のひらにたらりと涎(よだれ)を。その涎は涙のように温かかった。しばらくして夢子に会いに行くと彼女の姿はなかった。いやな予感がした。十年後にやっと夢子の句を作った。凌霄を手向けの花として……。 (『火球』)