包むという仕事

 新人が必要とされること、それは手伝いです。先輩の商売の手助けです。それには、物の場所とか、その使い方を知っていなくてはなりません。ぼくが最初におしえたことは、箱や、袋や、包装紙のしまってある場所でした。それからすぐに、包装のしかたをおしえました。これなら、だれにでもできるでしょう。ぼくは、まず、徹底的に箱の包み方を仕込みました。
 たとえば、夜、社員の半分が帰ったあとのことを想い浮かべてください。残りの人の組み合わせは、ベテラン1人に平社員2人の場合か、ベテラン2人に平社員1人の場合が多かったのです。15坪の店内に10人の社員がひしめいていたときでも、夜の当番は3人くらいでした。夜の時間は2時間ばかりです。来客のない夜もありました。だから、必要最少限の人しか置かないのです。突然電話が鳴って、7丁目の料亭までネクタイを見せにゆくことになったとおもってください。残りの組み合わせが平社員2人なら、どちらか1人がでかけます。ベテラン2人なら、これもどちらかがでかけます。ネクタイを選んでいただいたあと、それを箱づめして包装しなくてはなりません。テーブルの上できちんと包めるわけではありません。たいていは、そのへんのあいている場所、たとえば玄関わきの廊下とか、芸者衆の荷物置き場の隅とかを利用して、ちょちょいと包めなければならないのです。新人で包めません、なんていわせてくれません。
 店に残っているほうも、こんな日にかぎって来客があります。ベテラン1人に平1人でお相手しますが、たとえば進物に靴下の詰め会わせ10箱がきまり、ネクタイ5箱、セーター2箱、それに傘の箱づめ1箱がきまったとします。さあ、これからです。ベテランはお客様と世間話をしながら、ご自分用になにかおねがいできないかと虎視眈々です。残された1人で、これだけの包装をこなすことになります。ここでも、新人なんて言い訳になりません。だから、いやでも、包装はマスターしておかなくてはならないのです。
 入社して1週間は、新人もお客様扱いしてもらえます。どうせ即戦力にならないんだから、期待もされません。時間になれば帰してくれて、夜の当番も免除です。でも、この時期にしておかなくてはならないことが、ほんとうは山ほどあります。商品のたたみ方、整理の仕方、伝票の書き方、ノートの付け方。新しい会社で慣れるだけでも大変なのに、いじわるな先輩(ぼくのこと)に無理矢理いろんなことを詰め込まれて、いやになるだろうなっておもいます。しかし、大変なのはペダルをこぐまでなんです。それまでは、ぼくは荷台を支えるよ。だけど、走り出したら、あとはずっと1人で行けるはずなんです。
 ご進物用に、たとえばカーディガンが選ばれます。箱につめて、包装して、リボンをかけて、袋にいれます。そのとき、だれにいわれるんでもありません。あうんの呼吸です。箱をおろす人がいます。包装紙を用意する人がいます。リボンと鋏を取り出す人がいます。袋をひろげて待っている人がいます。薄紙に包まれたカーディガンは、箱におさめられ包装されて、リボンがかけられ、袋に入れられます。何人かの手に渡って、最後に、お相手をしただれかの手からお客様に手渡されます。ボールをパスしながら相手のゴールにせめこんでゆく、ラグビーのチームに似ているかもしれません。新人だって、ちょっとがんばれば、すぐそうなっちゃうんです。
 挨拶ができて包装ができれば、あとはもうぼくのおしえることはほとんどありません。商売は慣れと勘です。自転車に乗れるようになったのですから、スピードを出すのも曲芸をするのも、あとは自分次第です。ほんとのことをいうと、ああしろこうしろといっていた先輩よりも、じきにみんな商売が上手になって、先輩は口惜しくてかげで泣いていたんだよ(砂糖部長もそういっていました)。残念。