清水のおばあちゃん その2

 清水のおばあちゃんのお宅で商売がすむと、近くのお鮨屋さんに案内された。
 これは、最初のときからずっと恒例になっているそうで、お買い物をしてくれたうえに、お鮨をごちそうしてくれるのである。砂糖部長の親切が、おばあちゃんにはどれだけうれしかったか、うかがい知ることができる。
 おばあちゃんは、そのお鮨屋さんまでついてきて、お鮨屋の大将に声をかけると、「わたしがいっしょだと気詰まりだから、あなたたちだけでゆっくりおあがりなさい」といって帰ってしまった。
 砂糖部長とは顔見知りの大将は、ニコニコしながら包丁を握ると、無言で「勘定はどうせ歯医者さん持ちだから、どうかたくさん食べてちょ」と、眼でいった。
 おしぼりで手をふくと、最初にアルバイト運転手の上智大生が、「鮪」といった。
 砂糖部長が、大きな眼でギロリと彼を見た。眼が、この野郎、といっている。アルバイトの分際で、鮪なんか頼むやつがあるか。そして、ひとしきり睨んでから、「ぼくも、鮪」といった。
 つぎに、運転手は、「アワビ」といった。部長の眼がもっと大きく見ひらかれ、睨みながら、口がへの字に曲がった。
「アワビ」
 部長がいった。
「ぼく、ウニなんか、もらおうかな」
 くつろいだ態度で運転手がいった。まだ、口をモグモグさせながら、部長が指で、あわててウニをさした。入れ歯にアワビは手こずって、まだ噛み切れないでいた。
「甘エビと平目ね」
 運転手は、かさにかかって、大きくリードを広げようとした。さすがに部長も同じものを追随するのがためらわれたのか、「平目、それと甘エビ」。入れ替えたって同じことだ。
 イクラ、鯛、ハマチ、と、ふたりのデットヒートが続いた。
 その合間をぬって、大将がぼくに、なにを握るか眼できいてくる。
 ぼくは、最初にコハダ。それから、イカ。それから、アナゴ。それから、恥ずかしながら、干瓢の海苔巻き。そして、また、コハダ、イカ、アナゴ、と一回りして、玉子を食べた。
「ずっと昔」
 と、部長がいった。「店長とおばあちゃんのところに外商に来たときは、この二階に上がっちゃってね。二人とも若かったし、ぼくもまだお酒を飲んでいた時期だったから、酔っぱらって、店長なんか、ああ、こりゃこりゃって踊りだしてね。なつかしいなあ」。
 運転手が、部長の感慨にふける姿を横目で見て、「ぼく、また、鮪」といった。
 部長の眼がギラリと光ると、「鮪、ぼくも」といった。