2013-01-01から1年間の記事一覧

綴じ込みページ 猫-94

平凡社刊「作家の猫」の付録ページに「猫の名作文学館」というのが載っている。「猫好きのための、猫好き作家による名作文学館にようこそ。」とキャプションがついている。あいうえお順に作家が並んでおり、猫にまつわる著書を紹介している。 「む」の項で、…

綴じ込みページ 猫-93

猫がじっとすわって、なにか考えているような風情でいるのを見て、哲学的と判断するのは間違いだそうである。猫がそうしているのは、ふだん聞き慣れない音だとか、ごく小さな虫の存在に敏感に反応しているからで、だいいち、猫という生き物はなにも考えてい…

綴じ込みページ 猫-92

「特別阿房列車」のヒマラヤ山系氏のなぞなぞは、おわかりになったでしょうか。ちょっとした勘違い、というか錯覚がもとになっています。聞いている百間先生の憮然とした面持が眼に浮かびます。 蕁麻疹を押さえた儘、考えて見たがよく解らない。それよりも、…

綴じ込みページ 猫-91

「特別阿房列車」は、百間先生とヒマラヤ山系こと平山三郎が、とんぼ返りの一泊旅行に出る話である。 冒頭「阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけない…

綴じ込みページ 猫-90

また、平山三郎「雑俎」から。 先生のレトリック。 チブスの予防注射をしたあとで、お酒をのんではいけない。お酒をのんだあとで予防注射をするのも勿論いけないことである。しかし、予防注射は是非とも、しておかなくてはいけない。・・・だから、いいかネ…

綴じ込みページ 猫-89

平山三郎「雑俎」はつづく。 阿房列車に関連して先生の事を色色書いて見ようと考えているのですが、もし出来上がって本になるようでしたら、何か跋文の様なものを書いて戴けないでしょうか。 先生は暫く憮然として私の顔をながめていたが、やがてこう云われ…

綴じ込みページ 猫-88

平山三郎「雑俎」のつづき。 魚に限らない。お膳の上で極めて我儘なのである。むかし、カツレツが旨いので一ぺんに七枚とか八枚食べた。また寒雀のひっぱりが気に入って、これも一ぺんに二十幾羽食べた。そういうことをするから君は貧乏するんだ、と先輩の小…

綴じ込みページ 猫-87

筑摩書房版「内田百間集成」の第一巻に、平山三郎の「雑俎」と題する覚書が載っている。 先生の家の夕のお膳の前に、用事があって多い時になると週に二回、少なくて半月に一度は坐ることになる。 むかしは、昼近い朝食代わりに牛乳と英字ビスケットですませ…

綴じ込みページ 猫-86

国有鉄道にヒマラヤ山系と呼ぶ職員がいて年来の入魂(じゅつこん)である。年は若いし邪魔にもならぬから、と云っては山系先生に失礼であるが、彼に同行を願おうかと思う。 「特別阿房列車」の冒頭近くで、内田百間にこう書かれているのは、元国鉄職員で作家…

綴じ込みページ 猫-85

『「イヤダカラ、イヤダ」のお使いをして』のつづき。 1/12 多田様 栄造 ◯格別ノ御取計ライ誠ニ難有御座イマス ◯皆サンノ投票ニ依ル御選定ノ由ニテ特ニ忝ク存ジマス サレドモ、 ◯御辞退申シタイ ナゼカ ◯芸術院ト云フ会ニ這入ルノガイヤナノデス ナゼイヤカ …

綴じ込みページ 猫-84

『「イヤダカラ、イヤダ」のお使いをして』のつづき。 多田教授は、芸術院総会が十二月七日に開催されることを聞き、その前に芸術院院長の高橋誠一郎に内田百間の意向を伝えなくてはならなくなった。どうも忙しいことになった。 電話番号簿で調べて、荻窪に…

綴じ込みページ 猫-83

多田基という人は、百間先生の法政大学独逸語教授時代の教え子で、経済学者である。百間先生還暦後に「摩阿陀会」(まあだかい)という集まりを毎年催したが、その会の幹事でもあった。 正餐が始まる前に先生が話された用事の第一は、芸術院会員の辞退の見で…

綴じ込みページ 猫-82

内田百間が芸術院会員を辞退したときのいきさつが、「小説新潮」昭和四六年九月号に載っている。多田基『「イヤダカラ、イヤダ」のお使いをして』。 内田百間先生をお訪ねするには、前もって先生の御都合を伺っていないと会ってもらえない。先生の方から私に…

綴じ込みページ 猫-81

ギコウ氏の「随筆 内田百間」も、そろそろ大団円である。 さきにも書いたように、先生は頼みごとを絶対といってもいいほどに聞いて下さらない。人から何かしてくれといわれても、絶対にといってもいいほどに、そのことをしてやらない。自分がしたいことだけ…

綴じ込みページ 猫-80

ギコウ氏の「随筆 内田百間」は、佳境にさしかかる。 「百間さんのところへ」云々といっている。そこで先生、怒るまいことか、己には栄造と名がある。それを料理屋の分際で己の号を呼ぶとは何事か、というわけである。 栄造は「えいぞう」だろうが、先生、「…

綴じ込みページ 猫-79

ギコウ氏の「随筆 内田百間」のつづき。 そこで先生、朝起きても、何から手をつけていいのかわからず、一時間や二時間は非常に多忙であるが故に、全然何もしないで、ぼんやりと坐って過ごすということにもなるらしい。先生の人生全体もそうではないのか。香…

綴じ込みページ 猫-78

高橋義孝「随筆 内田百間」のつづき。 私が本を出すので、題簽を百間先生に書いていただこうと思って、怖るおそる願い出たが、果たせるかな、先生首を竪にお振り遊ばさぬ。気さくに振舞うということは、先生には絶対ありえないということは前々からよくわか…

綴じ込みページ 猫-77

百間先生の「頭が少しわるいということ」について、誤解を解かなくてはいけなかった。 筑摩文庫「内田百間集成12 爆撃調査隊」の巻末付録、高橋義孝「随筆 内田百間」をひらいてみよう。 百間あるいは百鬼園、内田栄造先生は、私にとっては畏敬すべき大先輩…

綴じ込みページ 猫-76

百間先生の話をしているときにナンだけれど、うちのミーヤが、4月2日で七歳になった。それで、ミーヤをくださった「里親募集」の森様に気持ばかりの内祝いを贈ったところ、すぐにお礼状が届いた。 ご無沙汰しております。お元気ですか? 先ほど、お菓子を受け…

綴じ込みページ 猫-75

誤解を解く前に、山口瞳先生と高椅義孝教授との関係を、山口瞳随筆集「旦那の意見」(昭和五十二年・中央公論社刊)に見てみよう。タイトルは、「高橋義孝先生の酒」。 高橋先生と一緒にお酒を飲んでいると、非常に、なにか、こう、気の楽な感じがある。そう…

綴じ込みページ 猫-74

九州大学教授でドイツ文学者だった高橋義孝は、百間先生と親交が深かった。高橋氏は、銀座のフジヤ・マツムラの名簿にも名を列ねておられたが、ぼくはお会いしたことはなかった。きっと、その昔、山口瞳先生とお見えになったのだろう。 先年、といってもずい…

綴じ込みページ 猫-73

「涙雨のなか、ノラは帰らず」のつづき。 その一方で彼は、世にも精巧な日記をつけている。日付、曜日につづいて、天候、暖房の有無を欠かさない。失踪の日の「夕方から雨になり夜は大雨」には、大きな意味がある。濡れるのがきらいなノラは、夕方の雨で帰り…

綴じ込みページ 猫-72

「作家の猫」の「内田百間とノラ、クルツ」には、こんなキャプションのついたビラも載っている。「近所の学校に通う子どもたちに渡すため、新仮名遣いで書き、謄写版刷りにしたビラ。親切なニコニコ堂文具店に置いてもらった。」 みなさん ノラちゃんという…

綴じ込みページ 猫-71

吉行淳之介が見た最初のビラ(チラシ)は、朱色の筆で枠が引かれている。たしかに荒いタッチである。「猫ヲ探ス」という文字は、大きな活字で組まれている。 猫ヲ探ス その猫がゐるかと思 ふ見當は麹町界隈、 三月二十七日以来失踪す。雄猫、毛並は 薄赤の虎…

綴じ込みページ 猫-70

吉行淳之介「前言訂正」のつづき。 その日、三和土に落ちた広告ビラの中に、私に眼にとまった一枚の紙片があった。真白い紙に墨色の活字が並んでおり、朱色の枠でその文面を囲んであった。その枠は毛筆の荒いタッチで描かれてあって、大売出しの広告ビラとは…

綴じ込みページ 猫-69

吉行淳之介が内田百間のビラについて書いた文章が見つかった。 潮出版社から刊行された編年体のエッセイ集シリーズが吉行にはあって、その一冊「甲羅に似せて わが文学生活 1971〜1973」のなかの「前言訂正」という「週刊読書人」に連載されたエッセイに書か…

綴じ込みページ 猫-68

Amazonから届いた「新輯内田百間全集」の第32巻は、帯と月報が欠けていたが、箱も本体も、それから中面も、とてもきれいだった。駿河台下の古書店から全巻配送されるのは、週末である。あのコバにしみのある本も、いっしょにやってくる。 で、その日が来た。…

綴じ込みページ 猫-67

すこし前なら、と書いた。そのすこし前がいつごろなのか、すでに曖昧である。だいいち、吉行淳之介が「平成元年になって、福武書店から刊行になっている『内田百間全集』が、完結した」と書いているのを引用しながら、「えっ」と吉行ではないが、おもわず声…

綴じ込みページ 猫-66

吉行淳之介「百間の喘息」から引用する。 上京したあと、内田百間は昭和十二年に牛込市市谷仲之町から、麹町区土手三番町三七番地に転居した。私は昭和三年から同区土手三番町一九番地に住んでいた。十九年だったか、町名表記が変り、土手三番町は五番町にな…

綴じ込みページ 猫-65

平凡社の「作家の猫」から。 「今一度 迷ひ猫についてのお願ひ」と見出しのついたチラシが扉のページに載っている。この章は、「内田百間とノラ、クルツ」。「尻尾曲がりの虎ブチ失踪! 泣いて、捜して、十三年」とサブタイトルがついている。 チラシには、…